2005 NEW YORK

The Sign of Paradise (楽園の符号)展

Mike Weiss Gallery  Curator:Robert C.Morgan

2005.6.18-8.6

A SPLIT SECOND
2005
260x103x200
CONNECTED UNITY
2005
230x230x230
BLUE PRECINCT
2001
63x36x170

Photo/Yuji Ogawa

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The Sign of Paradise
― 楽園の符号 ―


世界は50年前と比べて、非常に拡張し、ますます紛糾している。芸術的、政治的の両観点からもそれは真実だと考えられるであろう。アメリカの外側を旅して、外観の根底にある事柄に関心を払う者は、芸術文化の動向が我々がニューヨークで見慣れたもの以上であることに出くわすだろう。
地球の反対側では、過去に考えもしなかった場所で、重大な文化の変遷が起きていることに気付くだろう。グローバリゼーションの重圧は歴然とした影響力をもたらしている。世界を旅する旅行者が、欧米的あるいは地域が一様化すること(大衆化ということではない)を求める一方で、自分たちが持っている土着性を保ち続けようとしている。
にもかかわらず、グローバリゼーションの無秩序と衝突の真っ只中で、アートの新しい着想の存続を否定することはできない。これらの革新的機軸は、もはやニューヨークの中だけで生まれてきてはいない。けれども、結局それらはニューヨークにやって来て、我々の文化的生活に同化するとしても今や、すべてはここ(ニューヨーク)で始まり、ここで終わるとは言えないのである。

The Sign of ParadiseはMade Wianta(バリ・インドネシア)とKuma(日本)という2人のアーティストの作品を通してこの変遷する文化現象の中のひとつの視点を展示します。2年前、第50回ベネチアビエンナーレ(2003)でこのアーティスト達と出会ってから、私は一気に彼らの作品に対する取り組み方や、彼らがいかに、アヴァンギャルドの欧米的着想に相反して型にはまらない観点を生み出してきたのか、興味を持つようになった。どのようにして彼らのそれぞれの作品が敵対や冷笑を通してだけではなく、もっと総合的な精神性、物質性を通して現実の世界に命を吹き込むように、そのエネルギーを現わしているのか、好奇心をそそられた。彼らの作品はアカデミックな喧騒に刺激されたというよりも、むしろ彼らの周辺の文化や政治的変遷暗黙のうちに影響を受けたと言えるだろう。

この数年、インドネシア、日本のアーティスト達は欧米のアーティストがやったことを繰り返そうとしてきたが、この強迫観念がWiantaとKuma
の作品からは大いに開放されていると、私は見ている。
彼らの作品が欧米の二番煎じであるステレオタイプな表現手段を拒絶しているようであるが、一方で、彼らは他に類を見ない、彼らなりのモダニズムとの関わり方を否定しているのではない。
私にはそれぞれの作品に、彼ら自身の文化に在る深層に届こうとする願望が見て取れる。すなわち、文化を超越した世界という、答えの出しにくい次元の、かたちを換えようとする手段なのである。ここ数年、日本とバリの間には、興味深い経線のような軸線がある。ほとんどは観光事業に関連しているが、そこにはとらえがたく、意味深い文化的要素があるのだ。

普段、バリは欧米の旅行パンフレットの中で、休息や日光浴、パパヤ・スピリッツを飲む場所として、あたかも他の世界など存在しない様な〈楽園〉を象徴する代名詞である。しかしながらこの数年で楽園の幻想は変貌している、あるいは、予想だにせず急変したと言っても良いだろう。
2002年、クタのダウンタウンの観光エリアで期せずして起こった爆撃によって、かつてバリの神話や神秘の空想と密接だった〈楽園〉の象徴は文字通り、破壊されてしまったのである。観光事業(ツーリズム)の代わりに、かつての楽園のような島は、―特にアメリカ人にとって―暴力行為(テロリズム)の象徴になってしまった。その結果、観光産業のベースとなったバリ人のライフスタイルのシュミレーションが、急進的に重大な局面に陥っている。
〈楽園〉は、グローバリゼーションのリスクと現実がくっきりと明白になるにつれて、姿を消していった。

これらの論点は重要性を帯びながら、ストーリー全体ではない。そして商業的ニュースメディアもまた、いつも真実のすべてを伝えてはいない。例えば、日本を含むヨーロッパ諸国で解明されたバリの状況の様子はアメリカのそれとは違っている。爆撃に寄与することになった地域の複雑な歴史的背景にもかかわらず、バリの人々は彼らの生活の質を保持するために一生懸命に働いている。日本人にとっては、その島はいまだ、固有の文化を探索し、古代の石造の寺院を見、山々に植生する植物の匂いを嗅ぎ(棚田)に訪ねる、ヌサドゥサのツーリストビーチから遠く離れた場所である。そこにはまだ買い物客や、日焼け好きや、ゴルファーなど欧米的な遊び場に取り込まれていない世界がある。

見た目や形式上の比較という視点ではなく、(私が言及するには、それは無駄なことだ)KumaとWiantaは詩的なヴィジョンを共有している。
彼らのアートはセルフメイド(自力で創り出した)のリアリティーであり、"単純"ともいえるこの世界における、彼ら自身の見解である。
しかし"ナイーブ"という言葉は、芸術において東洋的と西洋的な解釈が交錯するとき、非常に難解なものである。言い方を変えれば、KumaとWiantaが共有しているのは同じ"無垢"でありながら、同質のものではないのだ。
Kumaのマテリアルは(鉄、ガラス、層状に張り合わせたダンボール)は工業的で重厚である。Wiantaのマテリアルは木片で、軽ろやかで空気感がある。
Kumaの作品のほうがWiantaよりも風刺的だと言えるかもしれない。
Wiantaは我々の心に触れるものごとの、デリケートな琴線を表現している。
このことは、しばしば憂鬱と軽薄に満ちる彼のドロ−イング(Niskara)に顕著に出ている。(Niskala : ヒンズー教における「見えない世界」をいう)
一方、Kumaについて、作品は〈Sunyata〉―仏教のサンスクリットの言葉―のコンセプトを機軸に展開している。(Sunyata: 「空」。仏教の、この世に実体のるものは存在しない。存在するものは変化し続け、それ自体で存在するものもない。存在する、しない、実体のある、ないに、とらわれてはいけない。という解釈のひとつ)大雑把に翻訳するならば、"無限を孕むこと"、あるいは"創造への情熱"か。
両アーティストの作品において、その表現は、ひとつの世界観の中にある楽園の標しにたぐり寄せたり押し出したり、束の間、新しい秩序世界を織り成す状況に向き合うように、私たちを漂流させる。


Robert C. Morgan